Global Eco-Science School 世界につながる 科学する心、表現する力

歴史・沿革

大妻学院の歴史をご紹介します

大妻学院本校の学祖・大妻コタカが、大妻女子大学の前身である大妻技芸学校を設立したのが、1917(大正6)年のこと。以来、大妻学院は、日本における女性の自立への歴史とともに歩んできました。創立以来変わらぬその理念は、専門的な知識と技能を身につけ、しかも豊かな人間性を備えた女性を育てること。これが、大妻女子大学から大妻嵐山中学校までを貫く伝統と信頼の教育です。この大妻のスピリットを受け継ぎながら、社会へと巣立っていった卒業生は、すでに11万人を超えています。自分の道を自分で切り開き、歩み続ける女性、信念をもって未来を創造していく女性たちを、大妻はこれからも支援していきます。

創設者 大妻コタカ

大妻コタカは、明治17年、広島県の農家に6人兄弟の末子として生まれました。上京して和洋裁などを学んだ後、小学校教員などを経て、明治41年、麹町に裁縫・手芸を教える家塾を開きました。これが今日の大妻学院の出発点です。大妻技芸学校(大妻女子大学の前身)を設立して本格的な学校教育の道へ入って以来半世紀。先生は常にわが国女子教育界の先頭に立ち、幾多の困難とたたかいながら女性の社会進出への道を切り開いて来ました。その生い立ちからも分かるように、先生は実に庶民的で、その気さくな人柄は多くの人から愛され慕われました。厳しさの中にも愛情あふれる先生の言葉は、学生はもちろん、周囲の人々にも大きな感銘を与えました。先生の教えは、数多くの卒業生や在校生によって、今もなお大妻精神として息づいているのです。

プロフィール

大妻コタカ(1884~1970)広島県世羅郡三川村(現・甲山町)出身。わが国女子教育の先駆者で明治・大正・昭和の三代にわたり活躍。教育への多大な功績により藍綬褒章・勲二等瑞宝章等を受章。昭和45年没(享年85)。若き日のコタカ

沿革

明治41年(1908)
大妻コタカ、裁縫・手芸の家塾を開設
大正5年(1916)
私立大妻技芸伝習所設置(各種学校)
大正8年(1919)
私立大妻実科高等女学校併設
大正10年(1921)
私立大妻実科高等女学校を4年制の私立大妻高等女学校に組織変更
昭和24年(1949)
大妻女子大学設置
昭和42年(1967)
嵐山女子高等学校開校
昭和47年(1972)
校名を大妻女子大学嵐山女子高等学校と改称
平成7年(1995)
校名を大妻嵐山高等学校と改称
平成15年(2003)
大妻嵐山中学校開校
平成20年(2008)
大妻学院創立100周年を迎える
平成25年(2013)
学校法人誠美学園と学校法人大妻学院が合併
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